バングラデッシュの物作りと仕入れはわんピにお任せ!特にデニムには絶対の自信!
  1. バングラデシュ 交通事情


    バングラデシュ  バスと言ってもいろいろござんす   10月9日

    最近バングラデシュでの生活にもようやく慣れて、通訳青年に頼ってばかりいた頃に比べるとすこしづつ自立した行動が出来るように成った。

    その一つ、この地でバスに乗ると言う経験である。

    ひと口にバスに乗ると言っても、この地のバスの混雑事情は並大抵の事では無い。

    バスには人が常に満載、溢れかえらんばかり、この地の文字が読めない為に

    どのバスに乗っていいのかさえ分からない。

    おまけにダイヤと言う発想がこの地のバスには全く無く、バスだと言うのにどこででも客を拾うし又客が降りたければ、どこでも降りる事が出来る。

    一見便利なこのシステムも、言葉が通じて行き先が理解できてならでの便利さである

    そしてもっとも日本のバスと違うのは、バスがバス停に来てもきちんと停車しない事である

    少しスピードを落としては降ろし、又拾うの繰り返しなので乗り降りの安全確保は

    客の側の責任と言える

    もっともバス停付近はいつも渋滞しているので、道路を横切ったり、リキシャが異常接近

    して来たりでスピードは自然と調整されているようだ。

    ただ一つだけ言えるのは今までに私が乗ったバスは常に満員だった。

    種類は4種類

    メインロード脇にキチンと切符売り場を構えて切符の前売りをするバス

    比較的に市内遠距離を走る

    乗ってから切符売りのお兄ちゃんに行き先を告げて切符代を払うバス

    このバスも比較的に遠距離を走るが、走る路線が日により時によって変わるらしい

    そしてもう2種類は大型のマイクロ車をバス用に改造した比較的に短い距離を走る

    中型バスと箱バンに長椅子を置いただけの近距離小型バスである。

    この4種のバスをたくみに使い分けて乗れるようになったら、どんなにか便利だろうと

    思うが、バングラデシュビギナーの私にはまだまだ無理である。

    バスの中は人々の熱気で溢れ、乗り合わせた人々の体臭と燃料ガスの体臭を隣り合わせの移動となる

    ただ満足に現地の言葉が話せない私でも何とか目的地につけるのは

    乗り合わせたバスのお客の中に必ず英語で片言の助け舟を出してくれるとても親切な

    人が居るからだ。

    切符売りの兄ちゃんも、又同乗しているお客も共に日本人にはとてもフレンドリー

    なのが大いに助けに成っている。私が片言英語で有難うと言えば、等しく

    ちょっと顔を斜めにかしげて、なんのなんのとでも言っているような優しさ溢れる

    笑顔が何ともチャーミングである。 こんな大勢のバングラデシュの人たちに囲まれながら

    少しづつ自立に向けての練習をしている今日この頃で有る。

    ㈱わんピース  プロダクトマネージャー  小山

     

  2. バングラデシュ ペイフォードの毎日


    バングラデシュ 決まり文句  10月8日

    バングラデシュの人々がとても親切でやさしく接してくれる事は今までも何回もこの記事で取り上げたが、この地の人々が初対面の私に向ける決まり文句のようなものに気づいた。

    先日も一人でバングラデシュでも最も大きい動物園に言った際に

    まったく違う人から同じ問いかけをされた。

    その内容はこうだ。

    一見して私が外国人だと言う事が分かるせいか、瞳が合うとまず『あなたはどこから来たの?』

    と聞いてくる  私が言葉をさがしていると、次に『中国人?』更に『韓国人』と来る

    この動物園ではなんと4回も同じ様な問いかけを受けた。

    そして面白いことに私が自らを『日本人です』もしくは『日本から来ました』と言うと

    今までの表情が一変して、とたんににこやかに成って自分の両手をしっかり組みながら

    『バングラデシュ ジャパン』を連呼してくれる

    相好が崩れるとはこんな時の事を言うような、フレンドリーな表情なのは、言葉の話せない

    私でも充分に受け取る事は出来る。

    おそらくその意味するものは、自国と日本は仲が良い  或いは日本人とバングラデシュ人は友達だと言う意味だと思う

    そして言葉掛けや態度はそれぞれ違うが、本当に親切に色々な事を教えてくれたり、道を譲ってくれたりしてくれる

    おそらくこの国の独立以来、今までに日本がODAの一環として多くの援助をしている事もその一因であろうが

    同時に海外援助隊等の活動で日々接する日本人の印象がとても良いからに違いない

    政府の活動だけでは、このような市民揚げてのフレンドリーな親切を受け取る事はできないのでは無いだろうか?

    日本でも江戸時代から市井の人々の中で生きづいていた『恩かえし』

    そして近年アメリカー映画で取り上げられた『ペイフォアード』

    共に受けた親切を別の人にお返しをすると言う行為の事だそうだが

    私はまさにそのペイフォアードをこのバングラデシュで毎日のように受け取っている。

    ならば当然私自身もどなたかにお返しをしなくては成らないと思っている。


    そういえば、私が乗ったバスのボコボコにへこんだボディには大きな文字で

    tolerance』と書かれていたっけ

    余談だが私がこの言葉を始めて知ったのは

    《コレアンドライバーはパリで眠らない》と言う著書を読んだ時だった。

    この中で著者の洪世和氏がパリでの経験の中でフランスには昔から

    toleranceと言う思考がある、それは多国籍移住者のもっとも多い国フランスならではの

    すぐれた思想であると言ったような内容だった。

    このトレランスを約すと許容性、寛容性とでも言う様な意味らしい。

    不思議な事に、この本を日本で出版している会社があの《みすず書房》である事は

    なにかの偶然であろうか

    眠れぬバングラデシュの一夜、私は、バングラデシュの人々から受けた

    親切をきっかけにして、孤高の吟遊詩人金子みすずまでたどりついた。

    ひさびさに優しさとは何か?、人を許すとはどう言う事か?今から私はどう生きるべきか?

    と言う人生での難問を今自分に向かって静かに問い掛けている。

    そして私がバングラデシュ出向に際して持参してきた書物の中に

    金子みすずさんの睫毛の虹と言う本が有る事を記しておきたい・

     

    ㈱わんピース  プロダクトマネージャー  小山


     

  3. バングラデシュ NGOの実態


    バングラデシュで生活している中で、何人かの日本人の方に会う機会が有った。

    ダッカ市内の郵便局で当地から中国上海向けとオーストラリア向けのサンプルをEMS発送手続きをしている時、偶然に通りかかった2人のJica活動員の方々

    一人は現地での教育指導の為に、もう一人の方は農業指導と言う話だった

    お二人とも、さわやかな印象の青年で、お互いの境遇を語り合って

    又の再会を誓った。

    もう一人はわが社が生産委託しているレザーパンツの出荷前検査で訪れた工場オフィスで

    偶然出合った。うら若き女性の方

    聞けばJicaの仕事の傍らレザーバックや財布のサイドビジネスをしている東大出のお嬢さんらしい

    詳しい話は出来なかったが、製品サンプルの打ち合わせ時に私が訪問したと言うシチュエーションだ。

    一瞬jicaで派遣された人がこんなサイドビジネスを行っていいのだろうか?

    と言う疑問が頭をもたげたが、簡単な挨拶をしたのみで詳しい話をする時間は無かった。

    またこんな方も居る、もう何年か当地に滞在しアパレル方面の日本企業のコンサルや

    現地の工場開拓等をされている中年の男性、実にひょうひょうとした方で、このバングラデシュの

    厳しい環境の中でもたくましく仕事に取り組んでいる方だ。

    そして私が強烈な印象を持ったもう一人の日本人

    この方とは当社が依頼された現地のとある会社経営者との会見の為に訪問した

    事務所近くのホテルでお会いした。

    わが社はこのバングラデシュでデニムパンツの小ロット生産を委託管理する会社であると同時に

    他にも日本企業と現地事業者とを結ぶコンサル業も行っている為に、このように日本人の方と

    お会いするチャンスが多いと言えるが、私に強烈な印象を与えたその日本人は

    日本の会社に依頼されて初期商談を行う為にバングラデシュを訪れた方だった。

    一通りの会談が終了した後、その方が放った一つの質問に私は愕然とした。

    詳しい内容は避けるが、驚いた私が改めてその方の名刺をみると

    アジアの他の地域でも種々のNGO活動をされていると言う

    しかしその方が私たちにむけて質問した内容はおよそNGO活動で献身的にアジアの為に

    つくしている人とは到底思えないような、低俗な質問だった。

    おりしも日本ではインターネットを通じてフィリッピンの太平洋戦争で残された遺骨収集をめぐっての日本NGO組織に対する疑惑が報道されている真っ最中である。

    ニュースでは数年前までは年間わずか40体くらいしか発見できなかった遺骨が或るNGO団体が関与し始めて急激にその収集数を伸ばしているが、実はその中にフィリピンのお墓から盗掘された現地人の方の遺骨や、とても数十年前の骨とは思えないような新しい骨が混じっており

    NGOの活動に疑惑が高まっていると言う報道だった。

    私自身このバングラデシュに来て仕事をする事で生活の糧を得ているわけなので

    えらそうな事を言える立場ではないのは承知しているが、ここでお会いした日本人の非常識な

    発言と言い、フィリピンで日本政府の依頼に依って行っている遺骨収集と言う厳粛な仕事に対してそれを利用して不正を行っている日本人には、驚きを通り越して怒りさえ覚える。

    これぞ誠の偽善者であると公言しているものだ。

    NGOに参画しているたくさんのまじめな日本人の為にも、こういう類の日本人が

    海外で逆に日本のイメージを損なう行為をしている事を思うと、本当に悲しくなってしまう。

    このバングラデシュの人々は本当に日本人に親切で、日本人にたいして憧れと

    ある種の尊敬の念を持っているように思える事に短い間でも何回も遭遇した。

    中国でも韓国でも微妙な感情の行き違いは多少あっても、やはりアジアで初めて

    欧米人と対等な地位を獲得した日本人及び、日本の経済力には一目置いているように思う

    世界の水準から言うと今や裕福さを実現した日本人はやはり周囲のそうではない国の

    発展や、人々の生活向上の為に共に生きると言う立場を忘れたくないものだ。

    なぜならば敗戦後世界でも類を見ない急速な発展を実現できた影には取り巻く国々の

    分断や混乱や内戦に依って発生した経済需要が大きく寄与しているのだから!

    今を生きる日本人はその事を決して忘れてはいけない。…..

    と自分にも言い聞かせている

     

    ㈱わんピース  プロダクトマネージャー  小山

     

  4. バングラデシュ 気に成る健康管理


    バングラデシュ 健康管理   10月6日

    ここバングラデシュにも結構大きな公園が何箇所かある様だ。

    協力工場や、仕入れ業者を訪ねる道すがら、そんな大きな公園の中では

    色々な人物を見る事が出来る。

    先日もCNGと言う圧縮ガスを燃料として走る三輪車で移動している時に

    運転手の青年がスモーキングタイムの為に公園横に駐車した際に少しの間

    公園の中を覗き込む事ができた。

    そんな公園の中ではカップルの睦まじいすがたに混じって、幾人ものウォーカーを見かけた。

    しかもほぼその全員がいたって下腹が出ている人々だった。

    日本で言うメタボリックシンドロームに悩むオジサンやおば様達である。

    ただ見ていて私が思ったのは、そんな運動をしたところで何の役にも

    ただないだろうになあ~と言う素朴な疑問だった。

    なぜそう思うのか?

    実はここバングラデシュでは、若者と過酷な労働をしいられている人々以外は

    ほぼ全員が下腹だけが出っ張っているからだ。

    当社の社長の分析によると、この地の人々がお米を主食とし、しかも大量に

    食べている結果だと言う。

    私もまったく同感である。

    但し私がもう一つ思うのは、食べる量にも増してもっと身体に悪い習慣ではないか

    と思っている事に食事の時間帯が有る。

    なぜ私がそう思うかと言うと、先日からわが社に入社してきた英語通訳のA青年と同居

    する事になった為にこの地の人々の食生活習慣が良く目に付くようになった為だ

    私が日本に居るときは、必ず夕食の時間は寝る2時間前に終了する事を心がけていた。

    ところがA君は平気9時や10時過ぎても食べているではないか

    若いから?と最初を思っていたのだが、よくよく聞いてみるとなんとこの地の人々は

    朝は10時昼は2時、夕食は10時と言う習慣で食事時間を決めているらしい

    しかも夕食の量は一日の内でも最も多いと聞く

    じゃあ夜の睡眠開始時間や朝の起床時間が遅いかと言うとそうではない。

    これでは、どんなに運動でカロリーを消費したところで、消化しきれないカロリーが

    じわりじわりと身体に蓄積していく事になる。

    裕福な様相の奥様などは、それこそ見事なビヤダル状態の体型を誇っている

    お米のご飯、カレーに入れるイモ類、カレールーをつけて食べると美味しいナン(小麦粉)

    そのどれを取ってみても、糖質の多い食物である。

    食材、そしてその食事時間。これを改善しなくて体質改善が出来るわけがないと

    私に思わせるゆえんである。

    今はスリムですらりとしているA君には、今に君も下腹が出てくるぞ

    脅かしているのだが、半分あきらめているようである。

    ㈱わんピース  プロダクトマネージャー 小山


     

  5. バングラデシュ ヒンドウ教祭り


    10月5日

    バングラデシュでは毎年この時期ヒンドウ教信者による最大の行事がある。

    その名も DURGA PUJA(ドルガ プッジャ)と言う

    バングラデシュ各地に残っているヒンドウ教中心の地域では総出でのお祝い事となる。

    わが社の社員A君もヒンドウ教信者なので、今は故郷に帰っており、故郷での

    賑わいを家族や友人達に囲まれながら堪能している事だろう

    そしてわが社の協力工場の近くでも盛大に祭事が行われていた。

    その教会横の講堂では、黄金のドウルガー神と頭が象の顔をしたガネーシャ神

    ドウルガー神と一緒に悪魔を退治するライオン象などが配置されていて

    悪魔との戦いの様子を歌や踊りで表現していた。

    バングラデシュと言えばイスラム教の国と思いがちだが仏教や今行われているヒンドウ教も

    国民の間では根強く信仰されている。

    日本ではあまり知られていないが、ヒンドウ教と言えばキリスト教、イスラム教に継ぐ世界で

    三番目に大きい宗教なのである。

    古代インドで先住民を支配する過程から生まれたバラモン教から派生した

    ヒンドウ教と仏教、モーゼが最下層のユダヤの人々を開放して各部族を統治する過程で生まれた

    キリスト教とイスラム教

    ここバングラデシュではその内のキリスト教を除く3つの大きな宗教が共存している。

    人と宗教と言う大きな大きなテーマを思考するには理想的な環境に居るのかもしれない。

     

    ㈱わんピース   プロダクトマネージャー  小山



  6. バングラデシュ KFC大繁盛


    10月4日 バングラデシュに来て早2ヶ月を迎えようとしている。

    ある程度ここの生活にも慣れ、心身共に少しづつ元の状態に回復しつつある

    でも私の住んでいる地域はバングラデシュのダッカの中心から少し離れており

    どちらかと言うとダッカのベッドタウンの様な所なので、どうしても食事のバリエーション

    に乏しい。地元料理店かKFCマガイのハンバーガーショップしか

    衛生的な店は見つける事が出来ない状態である。

    私はもともとどんな料理も選ばないたちで、なんでも抵抗無く食べる事が出来る。

    でもさすがに毎日地元料理ではやはり飽きてしまう。

    そこでたまに行くのがKFCまがいのヤミヤミと言う店である。

    この店は当地では有名なチェーン店でダッカ市内も入れると7店舗くらい有るらしい

    但しこの店のチキンは本物のKFCに比べると格段に味が落ちる。

    ポテトスティックは揚げ過ぎだし、チキンの衣は分厚くて超硬い

    サラダは下手に甘いので日本人の私としては後味が悪い感じがする。

    ところが、そんなこの店でも私の街では超繁盛しているのである。

    しかも何回か行くうちにふと気づいた事が有る。

    それは、ここに来るお客の層が明らかに地元料理店とは違って裕福そうに見えると言う事である。

    そう!ここバングラデシュではKFCは正に庶民の高嶺の花なので有る。

    そう言えばこの店のお客はみんな太っている。しかも服装がおしゃれである。ギャルも心なしか

    可愛く見えてしまうから不思議である。

    バングラデシュでは、まがい店でこう言う具合なので本物のKFC店は正真正銘の高値の花で有る。


    日本やアメリカでは庶民の気楽に立ち寄れるファーストフード店と言う位置付けだが

    この地では庶民はめったに行けない高級料理店なのである。

    したがって値段の方もこの地の地元料理店の平均単価と比べるとかなり高い

    そう言えばわが社の協力工場の美人オーナー夫妻もKFCが大のお気に入りだったっけ

    私は思わず私がかつて4年間生活した中国でのKFCで見かけたお客がこの地とまったく同じで

    太ってって裕福そうだった事を思い出しながら、複雑な気持ちに成ってしまった。

    中国では豆腐料理と言えばどう料理してもまさに庶民の料理なのに、京都に来てみると

    信じられないくらい高級料理に成ってしまっている事に驚きを隠せなかった中国人研修生達の

    複雑なその心のうちが今ようやく理解できるような気がする。

    出前一丁がラーメン店のオーソドックメニューに成っている香港もしかり!

    所変われば品変わると言ったところか?


    ㈱わんピース  プロダクトマネージャー  小山

     

  7. バングラデシュ 一人だけの記念日


    いよいよ此処バングラデシュで10月1日を迎える事と成った。

    10月1日と言えば、日本やこの地では特別な意味のある日ではない。

    しかし、中国を含めた中華圏では今日がまさに国家建国の祝日なので有る。

    その名も国慶節(グオチンジェ)と言う。

    かつて中国で出向生活をしていた私にとっても思い出深い日なのである。

    日本でも各地に有る中華街では何発もの爆竹と共に盛大なお祭りを行うので

    ご存知の方もいよう!

    中国の友人からもお祝いのメールが届いた。

    今私はとある国慶節の一日を思い出している

    その日私はたった一人であの地上の楽園とも言われている杭州西湖に

    観光小旅行に出かけた。

    通訳も連れずに、しかも国中がお祭り騒ぎのど真ん中の一日に一人で行ったのは

    今から考えると無謀と言う他なかった。

    おりしもその日の午後から杭州は雨に見舞われた。

    タクシーや、マイクロバスの周りには人だかりが出来てとても言葉が充分に話せない

    私などが交渉できる状況では無かった。

    李白の故事で有名な白提の東側に有る断橋残雪のたもとのメインロードで

    空きタクシーを捜す事約2時間、それでもなかなかつかまりそうに無い。

    これではこの地から15キロhほど離れた私の住まいまで帰る事も出来ない

    このままここで過ごす訳には行かないし、どうしたものかと方にくれているところ

    一台のボックスカーが近づいてきて、大きな声で150元150元と連呼していた。

    とっさに私はこの車がその頃中国で横行していた白タクだと見抜いたが

    背に腹は変えられないとばかり、必死の思いでたどたどしい中国語を駆使して交渉の

    結果何とか120元で住まいのアパートまで帰る事が出来た。

    6時から始めた帰り支度が時すでに夜の11時だった。

    後で中国人の友人にこの時の事を話すと、それ危険やら、もったいないやらで

    あきれ返っていた。

    この場所から私の住まいまで通常の正規乗り合いタクシーで帰るとたったの10元も

    掛からない距離だったからである。ちなみに公共バスだとわずか4元

    ただし、この時の一人旅での西湖小旅行は、それまで絶えず通訳同行で行動をしていた

    私にとって初めての経験だったので、こころの自立と言う意味で大いに意義の

    有る一日となった。

    きしくも、その10月1日にあたる今日、私は今又ここバングラデシュで新たな生活を始めようとしている。

    この地でわが社㈱わんピースが初めて雇用する英語通訳のA青年と同じアパートの

    一室で同居する事に成ったからだ。

    中国でのこの時の経験が力に成ってその後、仕事を離れた所では少しづつ自立出来るように成ったが、もちろん今日から始まるA君との生活においても、自立をめざして

    頑張りたいと思っている。

    そう言うわけで今日10月1日は私だけの自立に向けての記念日でもある。

    ㈱わんピース  プロダクトマネージャー  小山